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zoom RSS マジ君、宇佐の盆踊り(まっかせ踊り)を踊る

<<   作成日時 : 2008/08/18 22:39   >>

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里帰りの度に、宇佐の妙楽寺に寄る。



2年程前、この寺の境内から、修験の山・求菩提の中興の祖「頼厳聖人」が残したとされる「経筒」が発見され、
板碑、大日如来坐像、に続いて「県文化財指定」を受け、一躍名を馳せた古刹である。

妙楽寺(みょうらくじ) 大分県宇佐市木内

曹洞宗、稲積山。開創、大同元年(806)。建久3年(1192)栄尊が妙楽寺を開創。当寺は木ノ内の妙楽寺とされていた。しかし、寛永5年(1628)の 宇佐宮絵図に妙楽寺が描写されており、宇佐宮境内に存在していたことが判明した。寺宝の阿弥陀如来坐像は1979年盗難。

★ 所在地:大分県宇佐市木内236
★ 交 通:宇佐駅からバス・木ノ内下車
★ 連絡先:0978−36−2013

経塚3基を発見 宇佐市の妙楽寺境内

 宇佐市教委文化課は十四日、二〇〇四年十二月に経典を入れる経筒が出土した市内木内の妙楽寺境内の発掘調査で、新たに経塚三基を発見し、中から経筒や四耳壷(しじこ)、写経紙を巻いた経巻(きょうかん)など計六点が出土した―と発表した。いずれも十二世紀前半ごろの遺物とみられる。

 発掘では県内3例目 僧・頼厳の伝承裏付けか

 経塚は経典を経筒やつぼに入れ、土中に埋めた遺跡。発掘調査で出土したのは県内で三例目。山岳部で偶然見つかる場合が多く、平たん部の発掘調査で見つかるのは珍しいという。

 経塚三基は〇四年の出土場所から約五メートルの地点で見つかり、穴の直径が三十―五十センチ、深さ二十―五十センチ。中は石で組み立てた部屋になっている。

 出土したのは▽一号経塚 中国南部からの四耳壷(口径十センチ、高さ二十一センチ)など▽二号 国産の白磁わん(同十七センチ、同七センチ)など▽三号 銅製経筒(同六センチ、同二十七センチ)、紙本経巻(長さ六センチ、幅四センチ)。

 経巻は固化しており開けない。経塚から見つかるのは杵築市東光寺遺跡に続き二例目。

 出土したつぼの一つには、底に墨書で「嚴(厳)」の文字。山岳宗教の地・求菩提山(福岡県豊前市)「中興の祖」で、妙楽寺で没したとされる僧・頼厳の伝承との関連について、同課は「裏付け資料になるのでは」としている。

 同課は十九日午前十時から現地説明会を開く。「だれもが親しめる遺跡として活用策を考えたい。県指定史跡の候補にも挙げる」としている。


   ★経塚遺跡:紙本経を発掘 新たに経筒、良好な状態で−−宇佐 /大分★
      
宇佐市教委は14日、同市木内の妙楽寺にある経塚遺跡で新たに銅製経筒
     1個と陶磁器製経筒2個を発掘したと発表した。3個は経塚に埋納されたま
     ま良好な状態で見つかり、市教委は「貴重な資料」として19日と21日の
     午前10時〜午後3時、現地説明会を開く。
      市教委によると、銅製経筒(縦27センチ、口径約7センチ)の内底部に
     は、経典を書き写した紙本経(縦7センチ、横4センチ)が張り付くように
     残っていた。紙本経を開くことは不可能で、文字は判読不能。筒に残ったま
     ま発掘された紙本経は県内では杵築・東光寺遺跡に次ぎ2例目。
      経塚は末法思想が広まった9〜10世紀ごろ作られ始めた。釈迦の教えで
    ある経典が失われるのを恐れて永久保存用に作られ、後に極楽往生を願い、
     父母の供養などに使われるようになったという。
      妙楽寺は806(大同元)年開基で、その後、求菩提山(福岡県豊前市)
    で山岳宗教の興隆に努めた頼厳(宇佐出身)が再建。寺には頼厳廟や供養塔
     の板碑(県指定有形文化財)が現存する。今回発掘された陶磁器製経筒(縦
     20センチ、口径10センチ)は12世紀前半の物とされ、外底部に「嚴」
     の墨書があり、頼厳と妙楽寺を結ぶ具体的資料の一つになりそう。
      小田富士雄・福岡大名誉教授は「つぼ(四耳壷)の経筒は12世紀ごろの
     中国産。筒は聖域の山中に埋められたり、盗掘されて発見は困難。これだけ
     完全でまとまった経筒が出土したのは貴重」と話す。
                      【大漉実知朗】3月15日朝刊(毎日新聞)

     http://blogs.yahoo.co.jp/sawarajian/16249961.html

実はこの経筒、この寺の住職(妻の弟)が発見した。ユンボを使って土木工事をするときに「発掘」したそうである。
この住職は、同時に「何でも屋」であり、驚くほどの多業種をこなす、まさに天才・沙門空海のような僧侶である
家の増改築、寺(本堂)の増改築、大木の伐採、はつりや、土木工事、調理師、僧侶と実に多芸である。
その傍らで、趣味として仏像造り(木彫・石彫・モルタル等)に余念がない。
中世の板碑や五輪塔しかなかった古刹に、なんともにぎやかな仏たちが集まってきた。

この日(8月14日)は、この妙楽寺の盆踊り大会。
「街道魚市」で仕入れた肴(鰺、4,50匹)を妻の両親に裁いてもらい、持参すると
住職一人で準備をしていた。私は鰺の塩焼きを、妻は境内の草取りを、
マジ君と、タカ兄ちゃんは猫のお守りをした。
心配していた夕立もぱらぱらで終わり、20〜30名が集まって盆踊りが始まった。
実は、この盆踊り、「まっかせ踊り」と呼ばれていて、この地方では、有名なものである。

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全市的に行われる行事としては、伝統的な盆踊り「まっかせ踊り」と正月に行われるどんど焼き、弘法大師由来の行事「おせったい」がある。またまっかせ踊りについては、各地区の代表者たちが競演する「まっかせ大会」も開催される。
「まっかせ踊り」とは、「まっかせ」「れそ」「七つ拍子」「蹴出し」「浦辺の唐芋」「三つ拍子」「二つ拍子」「大津絵」などといった踊りからなる盆踊りである。これらすべてを踊るわけではなく、「まっかせ」と「れそ」を中心にして、あとは地区によって「浦辺の唐芋」を踊ったり、「蹴出し」や「大津絵」を踊ったりする。旧安心院町および旧院内町では、古い盆行事である「庭入り」が伝承されている。これは、全国的にも大分県と熊本県にしか見られないものである。庭入りを行なう地域は踊りの種類も多く、安心院町では7〜8種類ほど踊るようである。 (以上、ウィキペディアより引用)




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